大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌高等裁判所函館支部 昭和37年(う)62号 判決

田中百太郎

右の者に対する道路交通法違反被告事件について、昭和三七年一〇月二〇日函館簡易裁判所が宣告した判決に対し、被告人から控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官富田孝三出席取調の上、左のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金千円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

本件公訴事実中、被告人が自動車を運転して交差点を右折するに当り当該交差点において直進しようとする車両の進行を妨げたとの点に関する公訴を棄却する。

理由

〔前略〕

次に職権をもつて原判示第二の事実に関する公訴の適否につき按ずるのに、起訴状には公訴事実として「被告人は昭和三十七年三月八日午前零時五分頃、軽四輪自動車を運転し函館市新川町九十九番地先交差点において昭和橋方向に右折しようとした際、前方約三十二米の地点に対向する小型四輪乗用車を認めたが、同車の速度を確認し右折に充分な間隔の有無を確認するなどしないまま漫然右折したため、直進する同車に自車の左前部を接触させ、もつて同車の進行を妨げたものである。」と記載されていて、通常過失犯に用いられる表現方法をとつているから、過失によつて直進車の進行を妨げた事実を起訴していることが一見して明らかである。この点につき当審検察官は「起訴状の漫然なる字句は、過失を意味するものではない。」旨釈明しているが、起訴状の記載は単に漫然右折したというのではなく、「同車の速度を確認し右折に充分な間隔の有無を確認するなどしないまま漫然右折した」というのであって、漫然なる字句が速度の確認や間隔の有無の確認等に十分注意しなければならない義務があるにも拘らず、その注意が散慢であつて右注意義務を懈怠した意に解せられる点、被告人の司法警察員に対する供述調書には「私が右折ですから注意すればよかつたので、今後は十分注意します。」とあり、検察官事務取扱検察事務官に対する供述調書には「当時降雪のため前方が見憎くかつたのですから、相手の車の前照灯を見たときにもう少し注意してその速度をよく見て絶対に安全だという程度の注視をすれば或はこの時相手車に接触する危険を事前に察知することが出来、右折を待つたかも知れません。その点相手の車の速度を確めないで右折しようとした点は私の不注意だつたと思います。」とあつて、これらの記載からみると、司法警察員及び検察事務官が過失犯として被告人を取調べたことが明らかであるし、原審検察官が「被告人は対向車の過失が原因となつて衝突するに至つたと極力主張するけれども、現認警察官平田勇太郎及び対向車の運転者新谷松悦の各証言を総合して判断すると、対向車が十米位の距離に接近してから右折を開始し、しかも徐行しなかつたということであるから、被告人の過失は明らかである。」旨論告している点を総合すれば、原審検察官が本件を過失犯として起訴しその旨の論告をしていることが明らかであつて、前記起訴状の「漫然」という字句の記載が検察官主張の如く単に表現方法を誤つたにすぎないものとは到底解し難い。しかして自動車を運転して交差点を右折するに当り当該交差点において直進しようとする車両の進行を妨げる道路交通法第三七条第一項違反の罪については、過失による場合は処罰の対象とならないこと同法第一二〇条第一項第二号、第二項の反対解釈から明白である。してみれば本件は、刑事訴訟法第三三九条第一項第二号に該当するから、原裁判所はすべからく同条に基づき本件については公訴棄却の裁判をすべきであつたのにこれを看過し、原判示のとおり原判示第二の事実を認定し、これに道路交通法第三七条第一項、第一二〇条第一項第二号を適用した上、原判示第一の事実と併合罪の関係にあるとして処断したのであるから、原判決には、不法に公訴を受理し、かつ法令の適用を誤つた違法がある。原判決はこの点において破棄を免れない。

よつて弁護人の控訴趣意第二点(原判決第二の事実につき事実誤認及び法令適用の誤り)に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三七八条第二号、第三九七条第一項により原判決を破棄し、同法第四〇〇条ただし書を適用して、次のとおり判決する。

〔以下省略〕

昭和三八年七月一八日

札幌高等裁判所函館支部

裁判長裁判官 羽生田 利 朝

裁判官 浅 野 芳 朗

裁判官 神 田 鉱 三

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例